2012年05月16日
役に立つ男
水曜日は昼を挟んで四時間ぶっ通しの授業。
休み時間は、1時間目と6時間目しかない。
でも、1時間目はヘルプで持ち時間にカウントされない別な授業に入ってるし、昼休みは掃除もあるので結構慌ただしい。
そして今日は6時間目も健康診断があって、保健厚生課員である僕もかり出された。
つまり今日は、休み時間なかった。
ついでに言えば、火曜と木曜も4時間ぶっ続けの授業なのさ。
同じ4時間の授業持ちでも、1・2時間目と5・6時間目の授業なら、かなり負担は少ない。
ぶっ続けってのが答えるんだよなぁ。
ちなみに、月曜と金曜はそれぞれ4時間・3時間の授業だけど、昼前後の授業が入ってないのでまだまし。
放課後にあった、明日のLHRの講話を依頼してある講師の方(大企業の社長さん)との打ち合わせの時間には、もう精も根も尽き果ててた。
皆さんご存じないだろうけど、授業ってものすごく疲れる。
先生ってのは、1時間しゃべりっぱなし歩きっぱなし。僕は実技教科なのでしゃべりっぱなしではないけど、生徒各々のクロッキー帳を注視しながら机間巡視し、その都度必要な情報をクロッキー帳に描かれた内容を見て瞬時に頭の中で構築して指導している。
脳みそ常時フル回転状態。
ものすごく疲れるのです。
疲れすぎて、たぶん老化してる暇がない。
そこへ来て4月~6月までは健康診断ラッシュ。
わずか4名の保健厚生課員のうち2名は養護教諭で、ドクターのそばで助手をしている。従って、残りのたった2名(1名は僕☆)の先生で千人近い生徒の誘導や呼び出し、整列指導は、かなり無理がある。
休み時間はほんとにない。
授業準備もままならない。
道理で、今年は疲れてるわけだわ。
帰宅後、もう立ってられなくてリビングのど真ん中にへたり込んだ。
打ち合わせで遅くなるのがわかってたので、けっとのお迎えはじいいじに頼んであった。けっとが戻ってきたら、ご飯。それまでの間、少し休みたかった。
と、たったがやってきて
「パパ、おつかれさま」
と言いながら、ふくらはぎをもんでくれた。
「たった、ふとものの方を頼む」
「このへん?」
「う~~~~~~ん、気持ちいい・・・・」
「こんどはこっち」
「効く~~~~~~~・・・・」
マジ気持ちよかった。
そのまま、一瞬寝てしまった。
「ぼく、やくにたつでしょ?」
「立つ立つ、すごく役に立ってるよ。ありがとう」
トーマスにはまって以来、役に立つ立たないがかなり大きな規準らしいたった君。
君は、十分に役に立ってるよ。
「ぼくがうまれてくれて、うれしい?」
笑っちゃうよなぁ、その言いぐさ。
「うれしいよぅ」
「えへへ」
えへへだってさ。
休み時間は、1時間目と6時間目しかない。
でも、1時間目はヘルプで持ち時間にカウントされない別な授業に入ってるし、昼休みは掃除もあるので結構慌ただしい。
そして今日は6時間目も健康診断があって、保健厚生課員である僕もかり出された。
つまり今日は、休み時間なかった。
ついでに言えば、火曜と木曜も4時間ぶっ続けの授業なのさ。
同じ4時間の授業持ちでも、1・2時間目と5・6時間目の授業なら、かなり負担は少ない。
ぶっ続けってのが答えるんだよなぁ。
ちなみに、月曜と金曜はそれぞれ4時間・3時間の授業だけど、昼前後の授業が入ってないのでまだまし。
放課後にあった、明日のLHRの講話を依頼してある講師の方(大企業の社長さん)との打ち合わせの時間には、もう精も根も尽き果ててた。
皆さんご存じないだろうけど、授業ってものすごく疲れる。
先生ってのは、1時間しゃべりっぱなし歩きっぱなし。僕は実技教科なのでしゃべりっぱなしではないけど、生徒各々のクロッキー帳を注視しながら机間巡視し、その都度必要な情報をクロッキー帳に描かれた内容を見て瞬時に頭の中で構築して指導している。
脳みそ常時フル回転状態。
ものすごく疲れるのです。
疲れすぎて、たぶん老化してる暇がない。
そこへ来て4月~6月までは健康診断ラッシュ。
わずか4名の保健厚生課員のうち2名は養護教諭で、ドクターのそばで助手をしている。従って、残りのたった2名(1名は僕☆)の先生で千人近い生徒の誘導や呼び出し、整列指導は、かなり無理がある。
休み時間はほんとにない。
授業準備もままならない。
道理で、今年は疲れてるわけだわ。
帰宅後、もう立ってられなくてリビングのど真ん中にへたり込んだ。
打ち合わせで遅くなるのがわかってたので、けっとのお迎えはじいいじに頼んであった。けっとが戻ってきたら、ご飯。それまでの間、少し休みたかった。
と、たったがやってきて
「パパ、おつかれさま」
と言いながら、ふくらはぎをもんでくれた。
「たった、ふとものの方を頼む」
「このへん?」
「う~~~~~~ん、気持ちいい・・・・」
「こんどはこっち」
「効く~~~~~~~・・・・」
マジ気持ちよかった。
そのまま、一瞬寝てしまった。
「ぼく、やくにたつでしょ?」
「立つ立つ、すごく役に立ってるよ。ありがとう」
トーマスにはまって以来、役に立つ立たないがかなり大きな規準らしいたった君。
君は、十分に役に立ってるよ。
「ぼくがうまれてくれて、うれしい?」
笑っちゃうよなぁ、その言いぐさ。
「うれしいよぅ」
「えへへ」
えへへだってさ。
2012年05月15日
必要性
身内に身体障害を持つ生徒は、少なくない人数が介護職を選んでいる。
介護職を選ぶ理由は様々で、その真意のほどはわからないが、口にする理由の多くは、その仕事ぶりを見てあこがれた、あるいは自分も人の役に立つ職業に就きたいのだと。
ゆめのところにも、僕の生徒が少なくとも2名来ている。
意外とこの世界、狭い。
まぁ、それは良いとして・・・
そういう子はいろいろと聞きたがる。
僕が障害を持つ子供を育てている中で、一番腹が立つことは何かを聞かれ、大いに困った。
かつては、即答。
一番腹が立つことは、文字通りにたった一つしかなかったから。
今はなぁ、生活状況が変わってしまったので、一つに絞るのは非常に難しい。
だからって、増えた分を大ぴらにするのは非常にまずいので、こういう時は基本に立ち返って、最初のものをお話しさせていただくことにしている。
「障害者駐車スペースに、必要ないのに平気で止める馬鹿が多いこと」
少なくとも、障害を持ってないやつがとめるなら、それは馬鹿野郎以外の何ものでもない。
が、他にもある。
止める権利ではない。
止める理由でもない。
止める必要性があるかないかだ。
障害を持っているといっても単純じゃない。
内部疾患は見た目にわからないし、義手義足も同様。
そういう方々は、長い距離を歩くのが困難なので、できるなら店舗の近くに止めたい。
ゆめの場合、車を止めるのは店の近くでなくてもかまわない。ゆめは抱きかかえて乗せおろしできる、いや、できたから。機械につながれちまってる今は無理だけどな。
でもママの場合は、障害者スペースでなくても良いからできるだけ店の近くがいい。
車いすのゆめの介護、車いすは使ったり使わなかったりだったけど、単純にまともに歩けなかったママの介護を通して、僕はこう考える。
障害者スペースが広く取ってあるのは、車のドアを思いっきり大きく開け放つ必要があるからだ と。
運転してる人が車いす利用者だった場合、障害者スペースでなければ乗り降りできない。これは、物理的にできないんだから。
妊婦さんが運転してる場合も同様だろう。
運転手でなくても、スライドドアでない車で足とかに怪我してる人が乗ってるような場合も、同じかも知れない。
そこへ止める必要がある人の車が、みんな改造が施されているわけでもない。
乗ってる人も止まってる車も、見た目では全く判断できないことも多い。
ドアを開けなきゃ乗り降りできない人がいる。だから、そこらへ車いす出しといて、本人はスライドドアで乗せおろしできたゆめはそこへ止める必要はなかった。
歩ける時しか外出しなかったママも、僕の意見に賛成してくれてた。私は(車いすスペースに)止めてもらう必要ないって。そういう時は離れた駐車場所から一緒にゆっくり歩いていった。時には、ママだけおろしたあとで店の人に見ててもらって、僕だけで急いで空いてる場所に止めてきて、走って戻ったこともあった。
もっとも、調子悪くても行かなきゃならなかった病院は別だったけど。
ママのことも見てるので、店のそばにしか障害者スペースがない現状では、長く歩けない人もそこへ止めるしかないのは十分理解している。
それでも、ドアが開かなきゃ乗り降りできない人には、あの広い駐車スペースがどうしたって必要だ。
これ以上の必要性が、他にあるだろうか。
前にも描いたけど、障害者スペースがどこでも店のそばにしかないってことも、一つには問題だと思う。
僕は、自分の生徒たちには、自分が必要とされているということを十分に認識して介護職についてもらいたい。
彼らがいなかったら生きていられない人がいる、安心して生活できない人がいる。
他人に毎日のように必要とされていることがはっきりわかる仕事なんて、そうはない。
必要だってことが明らかな事実も、世の中にそうはない。
だから、自信を持って仕事してもらいたい。
だから、その重さを十分に理解して、親身になって仕事して欲しい。
そこいくと、僕の仕事なんかむなしいもんだ。
美術なんか教えたって、何を得られるものか。
絵の技術だけで論じるなら、たとえうまく描けるようになったって、この先描く機会に恵まれなければ、その能力は宝の持ち腐れ。
絵の技術以外で論じるなら、美術で培われる能力は、生活の中で知らず発揮される。人それを、センスという。
いずれにしても、はっきり必要だって断言できるようなカテゴリーのものでもなかろう。もといえば、美術なんかなくったって生きていくだけならなんの不都合もない。その証拠に、主要教科といわれる教科じゃないモン。いち教科あたりの授業時間数なんか最低限しかもらえないし。
だた、美術は美学だから、制作過程で学ぶこと経験することや考え方は、生かす気があればいくらでも日常に生かせる。
それでも、生かせた場合ですらそれがまさか美術で培われたものだと気づく人はまれだろうな。
美術の先生とこんな話をして、それが今後どのようにして生きてくるか、生きてきたとしても、今日のこの会話を思い出すこともないかもしれん。
それでも、人を変える力がある。
かもしれない。
僕も、教師でいる自分に自信を持ちたいと日々願っているし、そのための研鑽は惜しまないつもりだよ。
生徒に、必要だって言われる存在になるために。
介護職を選ぶ理由は様々で、その真意のほどはわからないが、口にする理由の多くは、その仕事ぶりを見てあこがれた、あるいは自分も人の役に立つ職業に就きたいのだと。
ゆめのところにも、僕の生徒が少なくとも2名来ている。
意外とこの世界、狭い。
まぁ、それは良いとして・・・
そういう子はいろいろと聞きたがる。
僕が障害を持つ子供を育てている中で、一番腹が立つことは何かを聞かれ、大いに困った。
かつては、即答。
一番腹が立つことは、文字通りにたった一つしかなかったから。
今はなぁ、生活状況が変わってしまったので、一つに絞るのは非常に難しい。
だからって、増えた分を大ぴらにするのは非常にまずいので、こういう時は基本に立ち返って、最初のものをお話しさせていただくことにしている。
「障害者駐車スペースに、必要ないのに平気で止める馬鹿が多いこと」
少なくとも、障害を持ってないやつがとめるなら、それは馬鹿野郎以外の何ものでもない。
が、他にもある。
止める権利ではない。
止める理由でもない。
止める必要性があるかないかだ。
障害を持っているといっても単純じゃない。
内部疾患は見た目にわからないし、義手義足も同様。
そういう方々は、長い距離を歩くのが困難なので、できるなら店舗の近くに止めたい。
ゆめの場合、車を止めるのは店の近くでなくてもかまわない。ゆめは抱きかかえて乗せおろしできる、いや、できたから。機械につながれちまってる今は無理だけどな。
でもママの場合は、障害者スペースでなくても良いからできるだけ店の近くがいい。
車いすのゆめの介護、車いすは使ったり使わなかったりだったけど、単純にまともに歩けなかったママの介護を通して、僕はこう考える。
障害者スペースが広く取ってあるのは、車のドアを思いっきり大きく開け放つ必要があるからだ と。
運転してる人が車いす利用者だった場合、障害者スペースでなければ乗り降りできない。これは、物理的にできないんだから。
妊婦さんが運転してる場合も同様だろう。
運転手でなくても、スライドドアでない車で足とかに怪我してる人が乗ってるような場合も、同じかも知れない。
そこへ止める必要がある人の車が、みんな改造が施されているわけでもない。
乗ってる人も止まってる車も、見た目では全く判断できないことも多い。
ドアを開けなきゃ乗り降りできない人がいる。だから、そこらへ車いす出しといて、本人はスライドドアで乗せおろしできたゆめはそこへ止める必要はなかった。
歩ける時しか外出しなかったママも、僕の意見に賛成してくれてた。私は(車いすスペースに)止めてもらう必要ないって。そういう時は離れた駐車場所から一緒にゆっくり歩いていった。時には、ママだけおろしたあとで店の人に見ててもらって、僕だけで急いで空いてる場所に止めてきて、走って戻ったこともあった。
もっとも、調子悪くても行かなきゃならなかった病院は別だったけど。
ママのことも見てるので、店のそばにしか障害者スペースがない現状では、長く歩けない人もそこへ止めるしかないのは十分理解している。
それでも、ドアが開かなきゃ乗り降りできない人には、あの広い駐車スペースがどうしたって必要だ。
これ以上の必要性が、他にあるだろうか。
前にも描いたけど、障害者スペースがどこでも店のそばにしかないってことも、一つには問題だと思う。
僕は、自分の生徒たちには、自分が必要とされているということを十分に認識して介護職についてもらいたい。
彼らがいなかったら生きていられない人がいる、安心して生活できない人がいる。
他人に毎日のように必要とされていることがはっきりわかる仕事なんて、そうはない。
必要だってことが明らかな事実も、世の中にそうはない。
だから、自信を持って仕事してもらいたい。
だから、その重さを十分に理解して、親身になって仕事して欲しい。
そこいくと、僕の仕事なんかむなしいもんだ。
美術なんか教えたって、何を得られるものか。
絵の技術だけで論じるなら、たとえうまく描けるようになったって、この先描く機会に恵まれなければ、その能力は宝の持ち腐れ。
絵の技術以外で論じるなら、美術で培われる能力は、生活の中で知らず発揮される。人それを、センスという。
いずれにしても、はっきり必要だって断言できるようなカテゴリーのものでもなかろう。もといえば、美術なんかなくったって生きていくだけならなんの不都合もない。その証拠に、主要教科といわれる教科じゃないモン。いち教科あたりの授業時間数なんか最低限しかもらえないし。
だた、美術は美学だから、制作過程で学ぶこと経験することや考え方は、生かす気があればいくらでも日常に生かせる。
それでも、生かせた場合ですらそれがまさか美術で培われたものだと気づく人はまれだろうな。
美術の先生とこんな話をして、それが今後どのようにして生きてくるか、生きてきたとしても、今日のこの会話を思い出すこともないかもしれん。
それでも、人を変える力がある。
かもしれない。
僕も、教師でいる自分に自信を持ちたいと日々願っているし、そのための研鑽は惜しまないつもりだよ。
生徒に、必要だって言われる存在になるために。
2012年05月13日
9ヶ月
やや熱があったらしいゆめ。
介護職員をしている元教え子によると、今日はもう体調万全って。
嘘ばっかじゃん。
家でも、体温高いよ。
痰がすごいよ。
四六時中、吸引してたよ。
まぁ、そんでもこの笑顔だったし
↓
にしても、あれだ、さすがにこの病状の子だと、一時帰宅でも荷物が段ボール一個分だった。
そのほかに、人工呼吸器とそのバッテリーに血中酸素状態のモニターがついて、ものすんごい重たい荷物・・・
こんなにたくさん持ってってまた持ち帰ってくるなら、たった6時間じゃなく2~3日泊させたくなったな。
久しぶりどころか去年の8月14日からだから9ヶ月ぶり!
たった13歳の子が、9ヶ月ぶりの帰宅か!
えらいこっちゃ・・・
もっと頻繁に帰宅させてあげるべきだよなぁ。
でもやっぱ、今日の感想を一言で言えば、ド疲れた・・・
ゆめ自身が体調万全じゃなかったこともあるだろうけど、ゆめを運び、ゆめの命をつなぐ荷物を運び、四六時中そばにひっついててトイレに行くのも気が気じゃない。台所に立つ用事があったって、ずっとゆめの様子を見ながらだ。ずっと僕のスマホで動画を見てたけど、ぴくりとも動かないで凝視してられると、実は今心臓止まってんじゃないのって、こないだみたいに、実は今死んでるんじゃないのって、そんなことが背中にのしかかってきて、居ても立ってもいられずにすっ飛んでってて、無事な顔を見てほっとして・・・
受かりすると、またフラッシュバック起こしそうだった。
ゆめに、ママへ線香の一本も上げさせるチャンスだったけど、とてもそんな余裕はなかった。せいぜい、チンをそばへ持って行って棒を持たせ、鳴らさせてるのがやっと。
ゆめが帰宅してくる。それ自体に、僕の方がまず慣れなきゃいかんらしい。
じいじに、
「来週もまた来るだら?」
って聞かれたけど、無理だそんなの。
こっちの身が持たん。
なにしろ、ゆめのことを把握してる人間も、ゆめをちゃんと見ていられる人間も、気管からの吸引や経管栄養ができる人間も、この家には僕以外にいないんだから。
良いとこひと月に一回がせいぜいだよ。
看護師さんでも派遣してもらう?
いや、その必要はないって言うか、できるなら、家族水入らずでいたい。ほんとはゆめの髪に指を絡ませたり、ほほにほほを寄せたり、端から見てほんっとに変態チックな愛情表現をいっぱいしたかったけど、義母やじいじがいたから、それすらもできなかったし。
ましてや赤の他人がいられては・・・
それに、代わりに見てて欲しい時間って、今日の6時間で言えば、トータルでもほんの1時間程度だったと思う。基本は、僕がべったりひっついてるのでオッケーなのよ。ただ、その一時間程度ってのが、6時間の間にちりばめられてるんだよなぁ。
ちょっとした時に見てて欲しいだけ。それこそ我が侭にね。
ずっとそんな希望を持ってたから、今までも結局誰も雇わなかった。
たぶん、今後もそうだろう。
家に来てまで他人の手を借りるなら、場所が施設か自宅かの違いでしか無くなっちゃうし。
たぶん、在宅ならとっくに雇ってるだろう。
在宅じゃないから、雇えないよ。
はやく、たったがモニターの数字の意味を理解して欲しい。
せめて、ゆめのちょっとした表情の変化の意味を知って欲しい。
できれば、よだれの出方で吸引のタイミングをはかれるようになって欲しい。
可能なら、ゆめの状態を見て、必要な質問(吸引して欲しいとか、ごろんしたいかとか)を発せられるようになって欲しい。
何年先かなぁ・・・
介護職員をしている元教え子によると、今日はもう体調万全って。
嘘ばっかじゃん。
家でも、体温高いよ。
痰がすごいよ。
四六時中、吸引してたよ。
まぁ、そんでもこの笑顔だったし
↓
にしても、あれだ、さすがにこの病状の子だと、一時帰宅でも荷物が段ボール一個分だった。
そのほかに、人工呼吸器とそのバッテリーに血中酸素状態のモニターがついて、ものすんごい重たい荷物・・・
こんなにたくさん持ってってまた持ち帰ってくるなら、たった6時間じゃなく2~3日泊させたくなったな。
久しぶりどころか去年の8月14日からだから9ヶ月ぶり!
たった13歳の子が、9ヶ月ぶりの帰宅か!
えらいこっちゃ・・・
もっと頻繁に帰宅させてあげるべきだよなぁ。
でもやっぱ、今日の感想を一言で言えば、ド疲れた・・・
ゆめ自身が体調万全じゃなかったこともあるだろうけど、ゆめを運び、ゆめの命をつなぐ荷物を運び、四六時中そばにひっついててトイレに行くのも気が気じゃない。台所に立つ用事があったって、ずっとゆめの様子を見ながらだ。ずっと僕のスマホで動画を見てたけど、ぴくりとも動かないで凝視してられると、実は今心臓止まってんじゃないのって、こないだみたいに、実は今死んでるんじゃないのって、そんなことが背中にのしかかってきて、居ても立ってもいられずにすっ飛んでってて、無事な顔を見てほっとして・・・
受かりすると、またフラッシュバック起こしそうだった。
ゆめに、ママへ線香の一本も上げさせるチャンスだったけど、とてもそんな余裕はなかった。せいぜい、チンをそばへ持って行って棒を持たせ、鳴らさせてるのがやっと。
ゆめが帰宅してくる。それ自体に、僕の方がまず慣れなきゃいかんらしい。
じいじに、
「来週もまた来るだら?」
って聞かれたけど、無理だそんなの。
こっちの身が持たん。
なにしろ、ゆめのことを把握してる人間も、ゆめをちゃんと見ていられる人間も、気管からの吸引や経管栄養ができる人間も、この家には僕以外にいないんだから。
良いとこひと月に一回がせいぜいだよ。
看護師さんでも派遣してもらう?
いや、その必要はないって言うか、できるなら、家族水入らずでいたい。ほんとはゆめの髪に指を絡ませたり、ほほにほほを寄せたり、端から見てほんっとに変態チックな愛情表現をいっぱいしたかったけど、義母やじいじがいたから、それすらもできなかったし。
ましてや赤の他人がいられては・・・
それに、代わりに見てて欲しい時間って、今日の6時間で言えば、トータルでもほんの1時間程度だったと思う。基本は、僕がべったりひっついてるのでオッケーなのよ。ただ、その一時間程度ってのが、6時間の間にちりばめられてるんだよなぁ。
ちょっとした時に見てて欲しいだけ。それこそ我が侭にね。
ずっとそんな希望を持ってたから、今までも結局誰も雇わなかった。
たぶん、今後もそうだろう。
家に来てまで他人の手を借りるなら、場所が施設か自宅かの違いでしか無くなっちゃうし。
たぶん、在宅ならとっくに雇ってるだろう。
在宅じゃないから、雇えないよ。
はやく、たったがモニターの数字の意味を理解して欲しい。
せめて、ゆめのちょっとした表情の変化の意味を知って欲しい。
できれば、よだれの出方で吸引のタイミングをはかれるようになって欲しい。
可能なら、ゆめの状態を見て、必要な質問(吸引して欲しいとか、ごろんしたいかとか)を発せられるようになって欲しい。
何年先かなぁ・・・
2012年05月13日
2012年05月12日
教師の素養
今日はPTA総会があって、出勤でした。
土曜日は車が少なくて快適通勤だって考えてたら、代わりに普段の朝はいないシルバーや若葉マークの車が多くて、逆に時間を食ってしまった。
安全運転なのか怖いのか、スピードを上げないのは本人は良いだろうけど、50km/hの道で40/hも出さないってのは、後続車に様々な理由で事故を誘発しかねないから・・・
授業は午前中のみだったけど、制作するために残ってた生徒がちらほらいて、放課後は賑わっていた美術室。きっと、美術部があったらこんな感じだったんだろうな。
放課後は授業中ではないので生徒はリラックスしながら制作している。
3年生ともなると余裕かましてくれて、楽しくおしゃべりしながら作っていた。
こういう時にうっかり踏み込むと、もういけない。
絶対に捕まっていろんな話を強要される。
まぁ、僕も嫌いじゃないんだけどさ。高校生時代を振り返っても、似たようなものだったし
普段は聞けない先生の青春時代の話やらいろいろ、僕も聞いてましたよ。
今日捕まった生徒は、自衛隊に入るか教師になるかで悩んでいた。
なんか、ものすごい選択肢なんですけど・・・
で、僕がいつどのようにして教師を志したかしつこく聞かれたわけで、つまびらかにしてきました。
改めてここへ描くなら僕の場合、小学2年生で教師になることを決め、高校進学時にデザイン科のある高校へ進学したことで自動的に美術教師になることが定まったと。
1浪後に美大に進んで教職課程をとって卒業し、もう少し見聞を広めるために院へ進んで、終了後に4年間非常勤をして30歳で採用と。
高校でデザインを、浪人でデザインをより深く、大学で染織を、院で工芸を学んだけど、今の授業に生かせてるのは高校の時のデザインと院の時の工芸全般。大学の染織は、高校の美術では専門的すぎるのと、金と時間がかかりすぎるからやれないからな。
それと、ずっとパソコンなんて邪道って感じで避けてきたけど、非常勤の時にCG教えろって言われて、生まれて初めて渋々パソコンを春休みフルに使って学び、今に至る。
もし院に進んでなかったら、今授業でやってる紙漉もクイリングも流木アートみたいなのも、やってなかったかもしれん。
もし非常勤の時にCGを強要されなかったら、美術コースのある初任校でのCGの授業は当然として、その後の勤務校で学校案内や創立何十周年記念冊子とかを作るのに相当苦労しただろう。もちろん、授業で使う資料なんかも、大変な思いで作るはめになっただろうね。
人生は、どこで何が起こるかわかんなくて、それらはいずれ役に立つんだな。
んで、
「先生は教師に一番必要なものって、なんだと考えてますか?」
と聞かれた。
頭の中では、なんだろうそれ?なんて答えたら良いんだろうって?必至に回転して考えていた。
でも、そんなの完全無視で口をついて出たのは、
「忍耐力」
が~ん!
ほんと?
マジで?
そうなの、俺?
ん~~~~
でも、そうかも。
たとえばいくら丁寧に教えても理解してくれない生徒がいると、やっっぱいらいらしちゃう。
でも、それを顔に出してはいけない。
ぐっと飲み込んで、さらに違うアプローチを試みる。
だいたいが、わかんないから学校で学んでるんだから、理解できなくったって腹を立てる道理はない。それに、わかんないのにわかったふりされるのが一番いかんのだから、何回でもわからないって聞いてくる方が正しい。
正しいが、ちったー理解に努めろよ、わかったって?聞いてなんにも考えずに即答「わかりません」って何回も言うなや って、やっぱ思っちゃうけどね。
いかんいかん、まだまだ忍耐力がたらん・・・
土曜日は車が少なくて快適通勤だって考えてたら、代わりに普段の朝はいないシルバーや若葉マークの車が多くて、逆に時間を食ってしまった。
安全運転なのか怖いのか、スピードを上げないのは本人は良いだろうけど、50km/hの道で40/hも出さないってのは、後続車に様々な理由で事故を誘発しかねないから・・・
授業は午前中のみだったけど、制作するために残ってた生徒がちらほらいて、放課後は賑わっていた美術室。きっと、美術部があったらこんな感じだったんだろうな。
放課後は授業中ではないので生徒はリラックスしながら制作している。
3年生ともなると余裕かましてくれて、楽しくおしゃべりしながら作っていた。
こういう時にうっかり踏み込むと、もういけない。
絶対に捕まっていろんな話を強要される。
まぁ、僕も嫌いじゃないんだけどさ。高校生時代を振り返っても、似たようなものだったし
普段は聞けない先生の青春時代の話やらいろいろ、僕も聞いてましたよ。
今日捕まった生徒は、自衛隊に入るか教師になるかで悩んでいた。
なんか、ものすごい選択肢なんですけど・・・
で、僕がいつどのようにして教師を志したかしつこく聞かれたわけで、つまびらかにしてきました。
改めてここへ描くなら僕の場合、小学2年生で教師になることを決め、高校進学時にデザイン科のある高校へ進学したことで自動的に美術教師になることが定まったと。
1浪後に美大に進んで教職課程をとって卒業し、もう少し見聞を広めるために院へ進んで、終了後に4年間非常勤をして30歳で採用と。
高校でデザインを、浪人でデザインをより深く、大学で染織を、院で工芸を学んだけど、今の授業に生かせてるのは高校の時のデザインと院の時の工芸全般。大学の染織は、高校の美術では専門的すぎるのと、金と時間がかかりすぎるからやれないからな。
それと、ずっとパソコンなんて邪道って感じで避けてきたけど、非常勤の時にCG教えろって言われて、生まれて初めて渋々パソコンを春休みフルに使って学び、今に至る。
もし院に進んでなかったら、今授業でやってる紙漉もクイリングも流木アートみたいなのも、やってなかったかもしれん。
もし非常勤の時にCGを強要されなかったら、美術コースのある初任校でのCGの授業は当然として、その後の勤務校で学校案内や創立何十周年記念冊子とかを作るのに相当苦労しただろう。もちろん、授業で使う資料なんかも、大変な思いで作るはめになっただろうね。
人生は、どこで何が起こるかわかんなくて、それらはいずれ役に立つんだな。
んで、
「先生は教師に一番必要なものって、なんだと考えてますか?」
と聞かれた。
頭の中では、なんだろうそれ?なんて答えたら良いんだろうって?必至に回転して考えていた。
でも、そんなの完全無視で口をついて出たのは、
「忍耐力」
が~ん!
ほんと?
マジで?
そうなの、俺?
ん~~~~
でも、そうかも。
たとえばいくら丁寧に教えても理解してくれない生徒がいると、やっっぱいらいらしちゃう。
でも、それを顔に出してはいけない。
ぐっと飲み込んで、さらに違うアプローチを試みる。
だいたいが、わかんないから学校で学んでるんだから、理解できなくったって腹を立てる道理はない。それに、わかんないのにわかったふりされるのが一番いかんのだから、何回でもわからないって聞いてくる方が正しい。
正しいが、ちったー理解に努めろよ、わかったって?聞いてなんにも考えずに即答「わかりません」って何回も言うなや って、やっぱ思っちゃうけどね。
いかんいかん、まだまだ忍耐力がたらん・・・


